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決意はどのように行われるのか。

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  ● あなたは2000人から、一斉に罵声を浴びたことがあるか(2)
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……すでに私は紹介されてしまっている。
もうステージに出なければならない。
舞台袖のスタッフも私に出ていけと促している。
……一体私は、どーなってしまうのか?!
時間いっぱい。待ったなし。
南無三! 私はつぶやき、ステージに向かって足を踏み出した。
そして、舞台袖から私が姿をあらわした瞬間。
4000個以上もの目玉が怒りのエネルギーを込めた視線を私に送り始めた。
ものすごいエネルギーである。体が押されるようだ。
センターマイクに向かって、まっすぐ歩いているつもりが、視線に押されて
舞台奥の方へよろけてしまう。
「負けるな、俺!! 歩みを止めるな、俺!!!」
そう心の中で叫びながら、必死にセンターマイクへ歩き続ける
ようやくセンターまでたどり着く。
マイクスタンドを握り締めたら、汗でヌルッと手が滑った。
うまく握れない。
もう一度しっかり握りなおす。
引きつった顔を無理やり笑顔にするため、さらに引きつらせながら、
「みナさぁーん、コんにチわアあアあー!」
緊張でところどころ声がひっくりながらも、第一声を発したとたん、
BOOOOOOOOOO!!!!
BOOOOOOOOOOO!!!!
BOOOOOOOOOOOO!!!!
BOOOOOOOOOOOOO!!!!
今までで、おそらくは一番でかいブーイングが飛んだ。
2000人以上のブーイングのエネルギーは視線以上の圧力であった。
その圧力で後ろに吹き飛ばされそうになる。
ヌルヌル滑る手を何度もマイクスタンドに絡めつかせながら、
その場に必死に踏みとどまった。
負けるな、俺。倒れたらだめだ!!
会場ではまだブーイングが続いている。
「引っ込めー!」
「歌うたってる場合じゃねーだろ!バカ!」
「ふざけるな!」
「消えろ!」
「死んじまえ!」
轟音の中から、こんな言葉が聞こえてくる。
50,60の年長者相手に、24、5歳の若造が、場違いな所に
出てきやがったうえに歌の指導だと!
あんな汚職事件を起こしながら、のんきにみんなで歌うたいましょうだと!
貴様自分が何やってんのかわかってるのか!
声に聞こえる、そして声に聞こえない罵声の数々を浴びながら、
だんだん意識が薄れていきそうになった。
その時、視線の端に私が連れてきた合唱団員の姿が見えた。
彼らは舞台の下手で客席の剣幕に気おされている。
そして私に、恐れと困惑の視線を送っている。
あぁ、彼らはただ歌を歌いに来ただけなのに。
オレが手伝ってくれと声をかけなければ、こんなとんでもない
思いをせずに済んだのに。
こんなにいたたまれない気持ちにならずに済んだのに・・・
ここで、プチッという音が、どこかから聞こえた。そして。
 ★ みんなで歌う。
この瞬間に、これだけしか考えられなくなった。
どうしてそうなったのか、理由はわからない。
ともかく、そういう想い以外なくなってしまったのだ。
とたんに体中に変化が現れた。
ブーイングが気にならなくなった。
手のひらから汗が引く。
足の震えが止まる。
負のエネルギーの圧力を感じなくなる
顔の引きつりがなくなり、自然と笑顔になった
マイクスタンドから手を放し、両足でしっかり立つと、右手を上げて叫んだ。
「さあ、それではさっそく歌ってみましょう!
 音楽スタート!
 さんはい!!!」
私はマイク越しに歌った。
合唱団員も歌った。
客席からは歌声がどこからも聞こえてこなかった。
でも、そんなことは関係なかった。
私は続けた。
「オッケー! 皆さんその調子で、もっと元気に歌ってみましょう!」
歌わせなければ、という必死な気持ちは全くなかった。
みんなで歌う、これだけの気持ちを全身にみなぎらせ、
リズムに合わせて、手を振りながら歌った。
何度も、何度も、歌った。
3回目の時、私の目の前の客席から、小さな歌声が聞こえた。
嬉しかった。
「だんだん調子出てきましたね。もう一度行きますよ!」
4回目から、水の波紋のように、私の目の前から歌声が広がり始めた。
ブーイングも急速に消えていく。怒りのエネルギーが消えていく。
みんなで歌う、
みんなで歌う、
みんなで歌う・・・
そして、持ち時間の10分が過ぎた時、ブーイングがなくなり、
全員とまでは行かなかったものの、客席とステージ上が一緒に歌を歌っていた。
「皆さん、素敵な演奏でしたね。 私も楽しかったです。
 ありがとうございました!」
そう言ってお辞儀をし、ゆっくりとした足取りで舞台袖に戻った。
「やりましたね!」
舞台袖のスタッフがガッツポーズをしてくれた。
軽く会釈してトイレに向かった。
個室に入り、扉を閉めた。
全身の力が抜けた。
便器に座り込んでしまった。
ホッとして、少しだけ涙が出た。
そして、
「人間、追い詰められても、腹をくくりさえすれば
 結構なことが出来るんじゃないか」
と思った。
極限まで追い詰められても、問題に真正面から立ち向かえば、
その問題を必ず乗りこえららる。
そんな自信が自分に持てたような気がした。
気持ちの余裕が出来て、大役を押し付けてきた上司に、少しだけ感謝した。
(エピローグへ続く)


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  ● 決意どのように行われるのか。
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「うぉー! 絶対にやってやるぞぉー!」
「声が小さい!! おまえの決意はその程度か! やり直し!!」
「うぉー!! 絶対にやっ(以下繰り返し)」
ちょいとピントがずれた自己啓発セミナーや、体育会系企業の
朝礼なんかで、こんなことやってるシーン、見たことあるでしょう。
しかし、決意って、大声出さないと出来ないものなのでしょうか?
確かに、大声を出したり、体を動かすと、一時的に
やる気が出ることもあります。
脳内にアドレナリンか何かが出て、興奮状態になり、
その力でやる気がみなぎってくる、とかなんとか。
脳科学のことは詳しくわかりませんが、
おそらくそんなところでしょうか。
でも、声を上げて興奮状態にならないといけないということは、
 ■ 大声を出さないとやる気にならない
状態な訳ですよね?
とすると、そんな状態が、果たして
 【決意が固まっている状態】
だといえるのでしょうか?
今回の話でいうと、ステージ上に立って歌い始めるまでは、
心の中で
「負けるな俺! 頑張れ俺!!」
と、心の中で大声を出し、自分を鼓舞していました。
しかし、言葉とは裏腹に、気持ちと体は、完全に会場の雰囲気に
飲まれ、グダグダな状態になっていました。
とてもじゃないけど、歌を歌う決意なんか出来ている状態じゃ
ありません。
このとき気持ちの中に占めていたものは、
 ■ みんなで歌わねばならぬ、という気持ち
 ■ みんなで歌いたい、という気持ち
の二つでした。
この「ねばならぬ思考」と「ありたい思考」が、思いっきり
自分の中にあったんですね。
しかし、合唱団員の姿を見て、歌うと決めたときには、
大声で自分を励ます行為や気合いを入れる必要は全く
ありませんでした。
自分の周りにもやもやと散らばっていった、いろいろな考え、想いが
スーッと自分の丹田に集まっていき、心の中が
 ■ みんなで歌う
という想いだけで満たされていった、そんな感じでした。
その後も、何度か決意が必要なときに遭遇しましたが、
 ■ ○○をやらねば!
 ■ ○○をやりたい!
ということを、声高に叫んだりしたときは、
全くといっていいほどその決意が貫かれることはなく、
他人にも影響を及ぼすことが出来ませんでした。
逆に、自分自身の決意の想いが、自分の中に満たされたときは、
別段声高に叫ばなくとも、オーバーに表現しなくとも、
自然と人は話を聞き、力を貸してくれていました。
今では、自分の思いを声高に言っている状態を自覚したら、
まだ自分の決意が生半可なんだろうな、と思うようにしています。
そして、人に向かって叫ぶエネルギーを、目の前にある、やるべきことに
粛々と取り組むことに使おうと意識するようにしています。
本当の決意とは、静かに生まれるものなんでしょうね。。
 
 
 
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           今日のトーク術・まとめ
     決意は、声高に叫ぶものでなく、静かに生まれるもの
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~エピローグ~
・・・そして、イベントが終わって1週間後・・・
例の上司に頼まれて、あのイベントの企画会社に請求書を届けにいった。
応接室で待っていると、企画担当者が現れて、ビックリしたように
「あれぇ、歌のお兄さんじゃないの。なにしに来たの?」
と言われた。
参ったなぁ、勘違いされているよ、と思いながら、
 ・私は製作会社の社員であり、こちらを担当した人間の部下であること、
 ・この間は急に合唱指導の先生がこられなくなったので、急遽代役を
  勤めたこと
を説明した。すると、不思議そうに、
「でも、何日か前から、君の名前が歌のお兄さんとして名前が載ってたよ。
 君の上司がそういってたんだけどねぇ……」
・・・この瞬間、人一人殺すぐらい、なんとも思わなくなるくらい、
私の気持ちは極限まで追い詰められたのであった・・・ 
 
 
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  ● 編集後記
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このイベントで、初めて俵孝太郎さんを生で見ました。
そのときの俵さんは、テレビで見ていた印象以上に長身で、
しかも、とってもスリムでした。
その上、頭は大きかったので、ぱっと見た瞬間
スーツ着たマッチ棒だ!
って思ってしまいました(スイマセン)
本番前で緊張していたのに、なんかこういうことだけは
思いついちゃうんですよねぇ。不思議なもんです。
 
 
 

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