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あなたで終わる仕事はない

おはようございます。水野です。
今日は、とある大学生たちの活動を見て、これは勉強になるなぁ、
と思ったことについてお話ししたいと思います。
では、早速参りましょう!
 
 
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  ● 大学生たちのル・マン
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先日、毎晩の日課となっているプレステ3の「まいにちいっしょ」を
やっていました。
これは、ゲームキャラクターである猫のトロとクロの二人が、
毎日いろいろな小ネタをニュース形式でお伝えする、というようもので、
なかなか面白い話を聞かせてくれるんですね。
この間は、大学生たちが挑戦する「ル・マン24時間レース」を
紹介していたんです。
ル・マン24時間レースとは、「世界3大レース」と呼ばれている
有名な自動車レースで、1台の車が、24時間でどれだけ長い距離を
走ることが出来るかを競い合う、というレースです。
さすが、世界の注目が集まるということで、世界各国の自動車
メーカーが参戦し、しのぎを削っているようで、車好きには
たまらないレースなのでしょうね。
しかし、参加者は、実はプロのレーシングチームだけでなく、
プライベートで参加している方も結構いらっしゃるようで。
2008年に参加したチームのひとつに、東海大学の学生たちに
よって結成された「TOKAI UNIV.YGK POWER」
があります。
トロとクロが紹介した、その彼らのレース出場までの軌跡を聞いて、
私は胸に熱いものがこみ上げると共に、
「これはビジネスをしていく上でも、とても大切な考えだなあ」
と、思わされたのでありました。
 
 


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  ● 仕事というバトンを渡すということ
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東海大学のこの活動は、2001年から発足したそうで、林教授を
中心に、レースカーの開発を始め、7年目の今年、晴れてル・マンに
参加することが出来たそうです。
しかし、車のプロたちが関わってきたのと違い、メンバーは
皆大学生たち。
しかも、このチームに属することが出来るのは3年次から、
ということで、多くの学生たちは2年しか関わることが出来ません。
せっかくいろいろなことをマスターしてきても、2年後には
チームを卒業してしまい、また、毎年新しい未経験者が
どんどんチームに入ってくる、という状態。
2年目の新人しかいない会社が、世界的なプロレースチームたちと
同じ土俵に上がるということが、どれだけ大変なことでしょうか。
しかも、ほとんどのメンバーたちは、チームに入った段階から、
ル・マンというレース場の晴れ舞台には立てないことを知っています。
そんな、レースに出場できる見込みが立たない状態の中で、
または、自分たちがどう頑張ったところで、レースに
出られるのは、顔も見たことのない後輩たちである、
という状態の中で、
モチベーション高くプロジェクトに取り組みながら、
しかも、次の世代へ確かなバトンを渡していくのです。
そして、彼らは組織としての大きなハンデを乗り越え、
7年後の今年に見事レースに参加することが出来ました。
社会人経験もない、20歳そこそこの若者たちが、そこまでの
想いで取り組み、そして、晴れて舞台に立てたことを知り、
私は、自分の仕事に対して、襟を正さざるを得ませんでした。
自分で完結できない仕事に取り組むことになると、ついつい
モチベーションが下がってしまう、という人はきっと少なく
ないでしょう。
しかし、そういった仕事も、次の人へバトンを渡していく、
という仕事という、非常に尊い仕事をしている訳です。
また、仕事が完結したと思っても、そこですべてが終わる
訳でもありません。また次がある訳ですから。
そう考えると、自分たちが取り組む仕事というやつは、
すべて
 ★ 次の人へ、いかに素晴らしいバトンをきちんと渡すが
ということが、最も大切なことなのかもしれません。
自分だけ良ければ、という視点で考えるのではなく、
また、今だけ良ければ、という視点で考えるのでもなく。
先々に、素晴らしいバトンをしっかり渡すために、
今自分は目の前のことにどう取り組めばいいのか。
こんなことを考えてみると、ひょっとしたら、自分の
仕事の質が、ちょっぴり良くなるかもしれませんね。
 
 
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           今日のトーク術・まとめ
 次に素晴らしいバトンを渡そうという気持ちで仕事に取り組んでみよう!
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しかし、何より素晴らしいのは、林義正教授ですよね。
授業の一環で、ル・マンに参戦しようという提案が出来、
それを通し、なおかつ実現させてしまうのですから。
林教授は、元々日産でル・マン等のレース用のエンジンを開発して
いたそうで、日産退社後に東海大学にいらしたとのことです。
その経歴を聞けば、ル・マン参戦もうなずけますが、ことはそれほど
簡単な話ではなかっただろうなあ、と思います。
特に、先にも挙げた、2年ほどでメンバーが入れ替わってしまう
ようなプロジェクトの中で、学生たちにある程度のイニシアチブを
取らせながら、プロジェクトを前に進めてきたことが、本当に
素晴らしく、教育者としても大変立派な方だと思いました。
そして、最後には、夢の舞台に立たせることが出来たのですから、
これはもう、学生たちにとっては、人生の宝物になりますよね。
このプロジェクトには、延べで150名の学生が関わって
いたそうですが、彼らは皆、社会に出て行くに当たり、
最も大切で、かつ最も重要な考え方を身につけることが
出来たのではないでしょうか。
翻って、私自身、教育者の端くれとして、林教授のように
大切で重要なことを、きちんと伝えることが出来ているのかを
考えてみると、まだまだ修行が足りないと痛感します。
人を育てる、という道のりには、ゴールなんてものはないんだなあ、
と、改めて実感します。
多分、今生の自分では、林教授の域までたどり着けないかも
しれません。それを考えるとちょっと寂しい気もします。
でも、来世の自分に素晴らしいバトンを渡すためにも、
ここはじっくり、自分が今登っていく山道を歩んでいこうと
思っているのであります。

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