昨日のメルマガで、こんな内容のものを書きました。
【考える前に、正しい前提条件をセットしよう】
簡単に要約すると、
色々とものを考えるにあたって、良い前提条件を
持たないまま考えてしまうと望ましくない答えが
出てしまうよ,
ということと、
前提条件は、自分にとって納得がいくかどうか
という視点で持つモノではなくて、自分を良い方向に
導いてくれる稼働か、という視点で持った方がいいよ、
というお話でありました。
ただ、これだけだと、具体的にどのような前提条件を
持ち、そこでどう考えるのか、ということが分からない、
という人もいらっしゃるでしょうから,今回は、それについて
考えてみましょう。
まずここでは、持っておく前提条件を、
★ 私はすでに幸せである
というものにしてみましょう。
日々生きていくにあたり、常にこの前提条件をもって
いこう、というわけです。
さて、こういう前提条件を持っていたときに、
■ 子供が宿題をやれと言ったのに、いうことを聞かずやらなかった
という出来事が起きたとしましょう。
親としては、この出来事は幸せなことではない、と判断する人も
多いでしょう。
でも、前提条件は、「私はすでに幸せである」ですから、
前提と現実にギャップが生まれるわけです。
さて、どうするか。
いくつかの考え方を提示してみましょう。
例えば、
「子供が言うことを聞かなかった、という不快感が不幸せである」
とするならば、子供が言うことを聞かない、ということを
不快と考える、という考え方そのものを変えましょう、
という話になります。
子供を自分の思い通りにしようとする考えが不幸を生み出すのだから、
そういう考え方を変えれば、不幸から脱却できますよね。
子供とは言え、一人前の人間として扱い、宿題をやるかやらないかは
本人の意志に任せ、例えやらなかったとしても、それによって起きる
全ての出来事は、本人の責任であり、良い学びとしていくように
見守っていく。
こう考えれば、今回の一件は、けっして不幸な出来事ではなくなります。
もうひとつの考え方は、
「子供とのコミュニケーションが不足しているがゆえに起きた不幸せだ」
とするならば、この出来事を通じて、それを知る事が出来たのだから、
今後は、今まで以上に子供とのコミュニケーションを取っていけばいい、
ということに気付くことができます。
だから、この出来事そのものは、そういう自分の行動を見直す、
良いきっかけとなった、幸せな出来事であるとも言えるわけです。
他にも、
■ 子供が宿題をやれと言ったのに、いうことを聞かずやらなかった
という出来事を、
★ あくまでも、自分はすでに幸せである
という前提条件を満たすために、色々な形で解釈していくことが出来ます。
そして、その解釈をしていきながら、自分が幸せであるように、自分の
思考や言動を変えていくことが出来ますよね。
これが、前提条件に基づいて思考する、という、ひとつのアプローチで
あります。
いかがでしょうか?
では、あなたも、「自分はすでに幸せである」という前提条件を
もとに、どんな出来事が起きたとしても、その出来事を、色々な
角度で解釈していきながら、意地でも
「自分はすでに幸せなのだ」
と言う回答を得られるように考えながら、思考と言動を
変えていって下さいね。
……という話で終わるのか、というと、さにあらず。
実は、この前提条件で考える方法には、もうひとつ
全く違った角度からのモノがあるのです。
その続きはこちらをご覧下さい。