ふんわりフワフワ系の自己啓発(笑)では、
「今の自分に○(丸)をつけよう」
なんてことが言われています。
・ダメな自分に○をつけよう。
・出来ない自分に○をつけよう。
・今の自分が0点でも○をつけよう
などと言いながら、自分に○を付けることを
推奨する考え方です。
まあ、この考え方は、自分のことを、全く
肯定出来ない、メンタルを病んでいる状態で、
なおかつ、この言葉を素直に信じて実行
できる人にとっては、一定期間は効果が
あるでしょう。
しかし、ある程度心身が健全になった人に
とっては、この考え方はメリットより、
デメリットの方が大きくなるでしょう。
理由を説明します。
まず、ここでいう「○」とはなにかを、
一言で言ってしまえば、
■ ×を生み出す元となるもの
なんですよね。
光あるところに影があるのと同じく、
○があるところには、×が生まれます。
つまり、自分に○をつけよう、という考えは、
自分に×がつくかもしれない可能性を、常に
含み続けている考え方なんですよね。
そして、自分を肯定出来ていない人間は、
自分が肯定出来ないがゆえに、いくら自分に
○をつけようとしても、その対立概念である
×が、自分の内に芽生えてしまい、無意識の
うちに、自分に×をつけてしまう。
こういうことが起きてしまうのです。
なので、こういう人は、そもそも論として、
★ 自分で自分に、○×をつけない
という考え方をした方が良いんです。
今の自分は、常に、○でも×でもなく、
そういう自分である、というだけのこと。
その上で、今後どう生きるかを、意思決定し
行動していく。
ただそれだけ。
そう考えておいた方が良いんですよね。
例えば、自分が大学受験のみであるとして。
東大を狙っており、合格には900点が必要
だとする(すいません、最近の受験事情が
わからないので、このあたりの点数適当です)。
で、模試を受けたら、600点だった。
このとき、600点取った自分に○をつける
のではなく。
かといって、×をつけるわけでもなく。
ただただ、
「合格にはあと300点が必要な状態だ」
という事実を受け入れ、その上で、必要な
勉強をする。
ただそれだけの話。
ここに、○も×も、一切必要ありません。
では、実際に大学受験をして、東大に
落ちてしまい、滑り止めにしか合格
しなかったとする。
こういう状態の自分に対しても、○や×を
つけることなく、ただただ、
「東大は不合格だったが、滑り止めには受かった」
という事実を受け入れ、浪人して東大を
目指すか、滑り止めの大学に入って、次の
人生のステップに進めていくかを選択する
だけの話です。
もちろん、目指していた東大に入れなかった、
と言うことは、残念であり、悲しいことでは
あるでしょう。
その感情は、それとして尊重し、否定は
しない。
そして、東大からは○ではなく、×をもらって
しまったことも、事実として受け入れる。
でも、それはただの事実であって、
■ 東大に合格できなかった自分は×である
と考える必要も無いし、
■ 東大に合格できなかった自分も○である
などと考える必要は無い。
ただただ、この事実を踏まえ、今後どう
生きていくかを選択するだけなんですよね。
今まで私が見る限り、自分に○×をつける
人のほとんどが、自分や周りの人を苦しめ
ているように見えます。
今の自分に、○なんかつける必要ありません。
これからの自分がどう生きるか。
そのための意思決定を的確に行うためにも、
今の自分に、○とか×とか、変なバイアスを
かけて、曲げて理解するよりも、ただただ、
淡々と、自分の現状を、理解・把握して
いきましょう。
それが、平穏に自分を成長させ、より自分を
幸せにさせていく考え方になるんだろうな、
と思いますです。
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